Sweet Heaven Photograph & Words.
4年後の地
2015.09.21
2015.09.21 / 東名駅 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 35mm f1.4L USM
2015年9月20日、仙石線東名駅に降り立った。仙石線は、東日本大震災から4年を経た今年の5月、仙台から石巻までの全線がようやく復旧した。この東名駅は、最後まで不通となっていた陸前大塚駅から陸前小野駅の間に位置していて、あの日、比較的海沿を走っていた旧路線の旧駅舎は津波に流されてしまった。そのため仙石線のこの区間は、路線そのものを高台に移転し、新しい駅舎が建てられた。
2015.09.21 / 東名駅 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 35mm f1.4L USM
東名駅は旧駅舎から内陸へ600mほどの丘の尾根を切り崩して新しい駅舎が建てられた。駅前には広い広い分譲地が造成されているが、まだそこに建物はない。あの日の前には、この場所を切り崩して駅や住宅地を作るなど、誰一人として考えもしなかっただろう。
2015.09.21 / 新しい家並 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 35mm f1.4L USM
風光明媚な松島の近隣で、山肌が無残に切り崩されている現実を目の当たりにしても、あまり違和感は感じなかった。新しい家が軒を連ねて立ち並び、その向こうで山が消えて平地が作られてゆく様は、日常見慣れているニュータウン造成と何ら変わりないことに気が付いた。小高い丘の上に駅があり、周りの街に出かけるために坂を下りる動線もまるで同じだ。
2015.09.21 / 廃線跡 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 85mm f1.8 USM
きれいな新築住宅が目立つ一角を抜けると、少し家並がまばらになってきた。一直線に伸びる旧仙石線の線路の向こうを見やれば、使われなくなったトンネルだけが口を開けていた。住宅地の中にある廃線は何か脱落感がある。
2015.09.21 / 観光道路 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 35mm f1.4L USM
大きな道路に出た。地図アプリで確かめると、道の名は「奥松島パークライン」。このあたりをほぼ海岸線に沿って走る観光道路のようだ。よく整備された道路は、今ではダンプカーが何台も行き交う産業道路のような様子。それでも道沿いにはドライブインや釣具店など、数軒の店舗が店を開き、県外ナンバーの車が訪れている。
2015.09.21 / 遺構 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 85mm f1.8 USM
あの日の前、この辺りは民宿などが立ち並ぶ静かな町だったと聞くが、今は建物はまばらで、言葉を選ばなければ「荒野」とも見紛う土地だ。そしてあの時の記憶をとどめた遺構がいまだに少し残っている。この家には地震ではがれた瓦と、津波にのまれた下層部分がそのまま残されていた。これが残されたのものなのか、残ってしまったものなのか、あえて残しているものなのか、少し考えさせられてしまう。
2015.09.21 / 復興工事 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 85mm f1.8 USM
あの日の前は宅地だったこの辺りも、今は住む人もなく、工事資材や大量の残土が積み上げられている。工事の看板を見ると、「農地復旧工事」とある。この町は高台に移転して、海岸沿いのこの辺りは農地として活用する計画なのだろう。
2015.09.21 / 荒れ野原 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 85mm f1.8 USM
今日は休日なので、工事のための重機は稼働していない。幹線道路から離れたこの場所では、行き交うダンプの音も聞こえない。ススキと雑草が風に揺れる音、カラスが戯れる鳴き声が霧散してゆく。
2015.09.21 / 旧奥松島 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 24mm f1.4L USM
かつて「奥松島」と呼ばれた景勝地でもあり、白い砂浜が広がり海水浴場として活況した「野蒜海岸」。今は車の進入が規制され、海岸沿いの道には除草の作業員と私ぐらいしかいない。空は晴れ、風が心地よい秋の日。あの津波さえなければ、今日も観光客の歓声が聞こえたいたのかもしれない。
2015.09.21 / 遺構 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 24mm f1.4L USM
海岸線を歩くと、地図上に「かんぽの宿 松島」と示された場所についた。4階建ての建物は、遠目にはきれいに見えても、近くで見ると廃墟であることがよくわかる。
2015.09.21 / 遺構 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 85mm f1.8 USM
施設に併設されていた体育館だろうか、こちらはその下層部がひどくえぐられてしまっている。東松島市はこの宿を何とか再開したいらしいが、JPは不良債権として早期の処理を望み、4年間買い手がつかないまま、この建物は残されてしまったようだ。
2015.09.21 / 荒れ果てた場所 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 35mm f1.4L USM
かつては雑草などが生えることなどなく、きれいに整備されていたのだろう。しかし今はあの津波で押し倒された施設がそのまま、雑草の海に沈んでいる。
2015.09.21 / 津波の痕跡 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 35mm f1.4L USM
裏手にある鉄筋コンクリートのアパートは、おそらく従業員宿舎だった建物だろう。壁面に残る幾筋もの縞模様が、あの時に起きたことを物語っている。この地区では500名くらいの方が津波で命を失ったと聞く。その人たちの苦しみや悲しみ、無念を描き出しているのかもしれない。
2015.09.21 / 野蒜駅 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 85mm f1.8 USM
公共施設には、すべからく「東日本大震災 津波浸水深」のパネルが貼り付けられている。そういったものも記録としては有効だろうが、この駅名表示板に染みついた筋模様のほうが、この地で起きたことを力強く証明している。
2015.09.21 / 野蒜駅 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 85mm f1.8 USM
鉄筋コンクリート造の旧野蒜駅の駅舎は、あの津波でも構造に損傷は少なく、現在はコンビニエンスストアに転用されている。新しい野蒜駅は、やはり高台に移転しその周りには、宅地が造成されている。遠くない未来、新しい野蒜の町はあの高台の上に作られてゆくことだろう。
2015.09.21 / 仮設公共施設 / 宮城県東松島市 / EOS 5Ds / EF 35mm f1.4L USM
旧野蒜駅のコンビニでミネラルウォーターを買い、新しい野蒜駅まで30分の道のりを歩く。途中、学校の横を通り抜けた。今そこは消防署や公共の事務所となり、校庭には仮設事務所の郵便局が設置されている。多くの人が亡くなり、多くのものが流されたこの町も、町としての機能を取り戻している。しかし過疎による町の空洞化とは違った、物理的な破壊を伴う、巨大な喪失が起こったことを強く感じさせられた。
- おわり -



2015.09.21